役員コラム⑨「自己満足」

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メールマガジンと連動して、NPO法人日本森林療法協会の役員がリレー形式でコラムを掲載して参ります。
第9回目は理事の佐藤 栄児さんです。


「自己満足」

                                                  佐藤 栄児

 

森林療法とアルコール依存症の看護。同じ年数だけ続けてきたその両者を通じて、いろいろな気持ちとか感情とかが削ぎ落されてきて最近おぼろげながらその中心にある物が見え隠れしてきた。いや、実際中心になんてなんにも無いのかもしれないけれど。

 

人間、生まれてから与えられて備わった部分というのは必ず、光の部分と闇の部分を対等に与えられている。お金持ちで顔がよろしくてお勉強ができるとか、足が速いとか、動物に好かれるとか気持ちがやさしいとか。他者からも自分でも得をしているな、と思う事は、実はそこにはそれと対になって、きちんとした闇が存在している。

 

どんなに恵まれていると思われる人間も必ず壁にぶつかったり備わった物だけでは対応しきれない「試練」みたいな物を神様は与えてくる。自分に備わっていない部分を克服するという一山超える試練が訪れる。自分の弱いところ、人に任せたり頼りにして回避してきた部分と対峙して受け入れて乗り越える作業。闇に向けて光を照らす事は不安や恐怖を伴う作業だし、できれば誰もがふたをしていたい部分である。

 

しかし、僕は思う。実は、人生の醍醐味とか幸せとか楽しみというのは後天的に研鑽を積んで獲得していく物の中にしかないのではないか、と。

 

人からの評価ばかり気にしていた自分。人生最大の試練の時、僕はそこから気持ちを逃れさせるために走る事を選択した。依存症の看護に出会っていなかったら僕は流れるままにすべてを周りのせいにしてすべてを失っていたかもしれない。でも僕は毎日ミーティングの中で依存への逃げ道を選ぶ事の険しさを突きつけられていて、たまたま走る事に活路を見いださざるを得なかっただけなのかもしれない。

 

自然の中を、市街地を、走って、走って。誰の邪魔も入らない自己対話と、心肺を追い込んだ状態で生まれる無の時間を手に入れる毎日。過酷なレースを重ねるうちに、僕はいつの間にか自分で自分を評価できるように肉体と精神が改築されていく。やった分しか帰ってこない、しかしやった分はきっちりと答えてくれるというとても単純明快な自己満足。

 

自己満足を辞書で調べてみる。

 

「客観的評価に関係なく,自分自身にまたは自分の行為に自ら満足すること」

 

結構。僕を中心とした世界は自己満足でできている。対価を問われるプロフェッショナルは、他者のニーズを満たさなければその自己満足が批判の対象になるだろう。でも、結局評価されるのは本人が求め望んだ自己満足に他ならない。僕は少なくともアマチュアランナーだから、僕のランニングの結果に対して誰に文句も言われる筋合いも無ければ褒められたいとも思わない。自己満足が僕を支えている、ただそれだけだ。

 

別にそれは走る事に限らない。歩いたっていいし登ったっていいし潜ったっていいし作ったっていいし片付けたっていい。自分が自分を褒められて満たす事ができる内燃機関は、究極のエコロジーだ。少なくとも誰も傷つけない。もちろん、自分も含めて。

 

1年草があり、多年草があり、陽樹があり、陰樹があり。それぞれが自分らしさでできる限りの生産活動を営んで、豊かな自然はそこに存在する。

 

自分らしさを生かすための努力は怠らず、できるかぎり「幸せ者」でいたいとおもう。

 

感謝☆

 

このブログ記事について

このページは、事務局が2014年9月29日 09:08に書いたブログ記事です。

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