役員コラムvol.29「「ぼんやり」という心地よさ」

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メールマガジンと連動して、NPO法人日本森林療法協会の役員がリレー形式でコラムを掲載して参ります。

第29回目は理事の山野 勉さんです。

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「ぼんやり」という心地よさ


山野 勉

 

 今、僕の手元に本があります。その本は、岩波新書で元朝日新聞の論説委員だった辰野和男氏が書いた「ぼんやりの時間」という本です。「ぼんやり」という言葉に何とも言いようのない心地よい響きを感じます。

その中に詩人高木護氏の著書から引用している個所があります。


「ぽかんとしていると、そこら辺りの景色がじつに鮮やかに見えてくる。木も、草も、小石も、空も、雲も、風も、日なたも、小鳥たちも。どのように見えてくるかというと、木は木のごとく、空は空のごとく見えてくる。風の吹き様も見えてくるし、彼らのおしゃべりだって聞こえてくる。」

筆者は、これを「ぼんやりしているとき心が解放されている。」状態としています。

僕は、この「心が解放されている」という言葉が好きで、ぼんやりすることで心が解放され本来の自然の姿が見えてくる。そうすれば、自然から受ける様々な刺激が五感を高め、生き物としての本来のあるべき姿に近づくのでは、と思っています。


ここに森林療法の本質があると思っています。


また、「ぼんやりの時間」にはこのような話もありました。それは臨済宗の禅僧で「昭和の名僧」といわれた山田無人老師の話ですが、老師が若いころ重い結核にかかって、死を覚悟していていたときでした。

縁側に座って「ぼんやり」と南天の花を眺めていたら、ここちよい風に吹かれて、生きているありがたさを感じ、大自然や周囲の人のおかげで生きていることをありがたく感じたときに、気分が明るくなり、体調も良くなり立って歩けるようになった。ついには、結核も消えていた。

筆者はこれを「ぼおーっとしているときの、ごくやわらかくなった心が、あるがままの自然をあるがままに受け止めたのだろう。」と書いて、「ぼんやりの時間」の持つ潜在的な力の強さを思ったそうです。

僕自身、自然の中で「ぼんやり」しているときの何とも言いようのない心地よさを実感しているので、これからも「ぼんやり」の時間を楽しみ、病気になりにくい身体づくりをしていきたいと思っています。


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このブログ記事について

このページは、事務局が2016年2月17日 08:18に書いたブログ記事です。

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